3-3.表面意識の役割

私たちの心は、本質的には神から創られた相対的存在としての客観的意識と、創り主の神の心である主観的意識の2層構造になっています。私たちの内にあるこの主観的意識が精神科学においては潜在意識あるいは集合的無意識と呼ばれたり、仏教的には真我あるいは仏性と呼ばれたりしている神の意識です。

ところで、本来は2層構造である私たちの心が、この世に転生して肉体を持つと3層構造(本能を1層として別カウントすれば4層構造)に姿を変えます。それは客観的意識が表層的な意識と深層的な意識の二つに分かれるからです。では、なぜこの世では客観的意識の2層分離が起きるのでしょうか。以下、表層的な意識を表面意識、深層的な意識を深層意識と呼ぶことにしますが、その理由はおそらく次の2点にあるのではないかと思われます(筆者の憶測にすぎませんが)。

1点目は、表面意識がこの世での新たな知識や体験を得るための窓口になるということです。この世に生を受け肉体に宿ったとき、私たちはゼロからの出発を余儀なくされます。どういうことかといえば、過去の記憶をいったん封印したうえで、この世の人生を歩むことになっているということです。もし、自分の産んだ女の子が過去世で自分をいじめた姑であったり、自分の産んだ男の子が過去世の夫であったりした場合、両者にその記憶があったのではとてもではありませんが、自然な親子関係を築くことは難しくなります。これでは、この世が新たな個性を得て魂を進化させる場とはなりません。それゆえ、過去世のバイアスがかからないよう過去の記憶はいったん深層意識として封印されるということです。ということは、あらたな意識体が必要になるということであり、それが表面意識であるということです。この表面意識は便宜的に肉体に付随するとみなすこともできますし、深層意識を包む形で存在すると考えることもできます。しかし、どちらであれ、客観的意識がこの世では表面意識と深層意識の二つに分かれているということに変わりはありません。

2点目は、表面意識がなければ、私たち一人一人の本心ともいえる価値感や信条、信念(深層意識の中身)がストレートにぶつかり合うため、この世で多種多様な人間が共存することができなくなってしまうということです。その結果、あの世と同じくこの世でも人霊の棲み分けが起きてしまい、魂の効率のよい学びの場としてのこの世の意義が無くなってしまいます。しかし、もし表面意識の働きで本心を抑える、あるいはカモフラージュすることができれば、人間関係の衝突が緩和でき、共存が可能となります。いうなれば、建前と本音を使い分けるということですが、ここに表面意識の一つの役割を見い出すことできます。建前と本音の違いといえば、ともすればネガティブな印象を持ちがちですが、必ずしもそうではなく、建前には建前としての効用があるということです。

ちなみに、あの世では各自の価値観や関心領域、そして真理の認識力(悟り)などに応じて、波長同通の法則により住む世界が異なりますので、建前と本音の使い分けなどは無用となります。すなわち、表面意識が消え、深層意識が前面に出て私たちのあの世における客観的意識になるわけですが、この客観的意識は転生前と転生後とでは同じではありません。この世にいるときに表面意識を通して得た知識や体験が追加で深層意識に記録されているからです。個性を持った存在としての名前も当然変わります。前世が千年前にヨーロッパに生まれたメアリー・ロンドンであったとすれば、転生するまではメアリー・ロンドンという名と個性であの世に存在していますが、その魂が現代日本に東京花子として生まれてあの世に帰れば、メアリー・ロンドンという個性は意識の奥に沈み、今度は新しい東京花子という名と個性であの世で存在することになります。人間は神から永遠の生命を与えられていますので、一人一人の魂は途切れることなく、実在の世界であるあの世と魂修行のための仮の世界であるこの世との間で転生を繰り返しながら、神に向かっての進化の道を歩んでいるということです。

4-0「潜在意識の真実」へつづく

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