トーマス・トロワード(1847~1916)はイギリスの思想家で、イギリス統治下のインドにおいてパンジャブ州の地方判事を務めた方です。同時代に生きた同じイギリス人で「原因と結果の法則」を説いたジェームズ・アレン(1864~1912)と同様、トーマス・トロワードも「原因と結果の法則」を深く探究し、『The Edinburgh Lectures on Mental Science』等の数冊の著書をものしています。しかし、その作風はジェームズ・アレンの著作がきわめて詩的な香りに溢れているのとは対照的に、きわめて科学的で論理的かつ形而上学的です。
また、トーマス・トロワードは日本でもよく名の知られているアメリカで活躍した自己啓発作家ジョセフ・マーフィー(1898~1981アイルランド人)にも大きな影響を与えました。牧師でもあり心理学博士でもあるジョセフ・マーフィーの著書『眠りながら成功する』(大島淳一訳産業能率大学出版部刊)や『眠りながら巨富を得る』(大島淳一訳三笠書房刊)を読むとその影響を強く受けていると思われる箇所がところどころ見受けられます。
トーマス・トロワードはパンジャブ州の長官補佐としてアカルプールに赴任した際(1875年頃28歳の時)、そこで心霊現象に見舞われ、この体験がもとで精神科学分野に関心を持ったことが、その著書『The Law and the Word(法則と言葉)』に記されています。その心霊現象とは、官舎としてあてがわれた某未亡人所有のバンガローハウスに入居したその日の晩に起きた、銃声を伴った亡霊との遭遇事件です。イギリス紳士然としてきれいな口ひげを生やした亡霊を直接見たのはトロワード本人ではなく妻ですが、銃声はトロワード本人も聞いています。そして、亡霊の正体は亡霊が現れたまさにその部屋のその場所で18年前にピストル自殺した、未亡人の夫でした。この他にもトーマス・トロワードは幽体離脱や霊視といった霊的体験をしています。その内容は『The Law and the Word』の第2章「Some Psychic Experiences(いくつかの心霊体験)」に詳しく客観的に述べられていますが、おそらく、トーマス・トロワードの鋭い哲学的洞察力の背景には、長年にわたる真理探究の自己研鑽のみならず、このような実体験による霊的世界の実在に対する確信があったものと思われます。
さて、自己実現をなすためには、神とは何か、人間とは何か、そして神と人間の関係性とはいかなるものかを正しく深く腑に落とすことが必要不可欠であるといえますが、この点から見てトロワードの著書は最適な参考書といえます。上述したとおり、トーマス・トロワードはかなり超常的な神秘体験をしているにもかかわらず、それに頼ることもなく、それを隠すこともなく、極めて科学的かつ論理的なアプローチで宇宙の成り立ちや神と人間の関係について思索し論述しています。その思索の焦点は思考の力に向けられていますので、その著作は「思いがすべて」という真理に対する理解の深化に大いに役立つものであることを筆者自身実感しています。
ところで、ジェームズ・アレンの著作が読み手の感性と悟性に訴えかける詩的な印象を与えるのに対して、トーマス・トロワードの著作からは極めて形而上学的な印象を受けます。それに加えて聖書やラテン語などからの引用もけっこう多いため、これらになじみの薄い人(筆者もその一人ですが)にとっては読み解くのに少し努力を要するかもしれません。しかし、その努力を払うだけの価値は大いにあるといえます。誤解を恐れずに端的にいえば、ジェームズ・アレンの哲学は文系向き、トーマス・トロワードのそれは理系向きといえなくもありません。当サイトではトーマス・トロワードの著書について拙い訳ではありますが別ページに私訳を掲載していますので、よろしければそちらも是非ご参照ください。
なお、トーマス・トロワードは自己実現のために潜在意識を活用する具体的な方法についてはほとんど触れていません。その理由は真理を理解したならば各自が神から与えられた自由性と創造性を存分に発揮して自分に最も相応しい方法で潜在意識にアプローチすべしとの考えによるもののようです。この点について彼は『The Edinburgh Lectures on Mental Science』の第13章「潜在意識との接触」で次のように明確に述べています。
「実際の実践面においては、まず潜在意識に伝えたい考えを表面意識で明確に形成することから始めます。この考えをしっかりと固めたら、潜在意識に伝えたい考え以外の三次元的な相対世界のあれこれを忘れるように努め、潜在意識を独立した存在であるかのように見なして心の中で語りかけ、自分がしてほしいことや信じていることを潜在意識に印象づけるのです。この方法については誰もが自分流のやり方を確立しなければなりませんが、シンプルで効果的な一つの方法は、潜在意識に向かって「これが、私があなたにしてほしいことです。あなたは今、私の代わりになって、持てる力と知性を総動員して、あなた自身が私以外の何者でもないと考えて、それを実行します」と言うことです。この後は、自分自身の表面意識に戻り、法則上、潜在意識は自身に伝えられた考えが、表面意識の反対思念(否定的想念)の繰り返しによって妨げられない限り、伝えられた考えを完璧に遂行することを完全に確信して任せるのです。」<『The Edinburgh Lectures on Mental Science』第13章「潜在意識との接触」の私訳より>
トーマス・トロワードは人を枠にはめるのが嫌い、というよりは人の自由性を奪うようなことはすべきでないと考えているかのようです。ちなみに、トロワードの薫陶を受けた、押しかけ女房ならぬ、唯一の押しかけ弟子のジュヌビエーブ・ベーレン女史は、師とは対照的に実践に重きをおいたハウツー本的な著書(『Your Invisible Power』(1921)/『Attaining Your Desires』(1929))を執筆しています。両書とも林陽氏の訳で株式会社ヒカルランドから、それぞれ『願望物質化の『超』法則』/『願望物質化の『超』法則』②という書名で出版されています。なお、この日本語版2冊には訳者による興味深い解説や丁寧な訳注も随所に掲載されており、トーマス・トロワードの人となりやその哲学の背景を知るうえでも必読の書といえます。
当サイトでは、トーマス・トロワードの代表的な著作として次の2巻を挙げています。
『The Edinburgh Lectures on Mental Science』(1904)
『精神科学に関するエジンバラ講義』(私訳)
『The Dore Lectures on Mental Science』(1909)
『精神科学に関するドア講義』(私訳)